伊藤元重が見る 経営の視点

第11回株価の動きに一喜一憂するのではなく実態経済の動きに注目せよ

1.株価の動きの背景にある「期待」や「失望」

 この原稿を執筆している時点で(2014年4月)、新聞紙上では日本の株価が年初来の底値をつけるのではないかと心配している。
 米国経済が期待されるほど回復していないのではないか。中国経済の成長率がもう一段下がるのではないか。ウクライナ情勢が世界経済に及ぼす影響が気になる。そうした観測がいろいろな専門家によって出される。それに加えて、市場の一部が期待していた日本銀行の追加金融緩和もいまのところはなさそうだということで、市場は日本株売りに動いているようだ。
 株価が低迷すると、経済全体になんとなく不安感が広がっていく。アベノミクスの第三の矢はあまりうまくいかないのではないか、中国経済の失速は想定以上の悪影響を及ぼすなど、いろいろな悲観論が飛び交うようになる。
 日経平均が14000円前後の水準で、本当に株価が振るわないと言えるのだろうか。少し前は8000円台であったことを考えれば、14000円という数字はそれほど株安とも思われない。ただ、それ以上に高い株価を一度見せられると、株価が少し下落しただけで悲観的な雰囲気になってしまうのだ。
 たしかに、株価は重要な指標だ。株価が上昇すれば、株を保有している人の資産価値は上昇する。年金の運用もよくなる。こうした動きが消費や投資に及ぼす影響は大きいだろう。株価が上昇を続けていけば、株の新規公開をしようとする企業も増えるだろう。株価が上昇することによる一連の好循環が期待できるのだ。
 ただ、株価は現在の経済の状況を反映した存在というだけではない。それよりも、今後の経済に対する期待感によって動く面が強い。足下の経済が思わしくなくても、今後経済が好転すると期待されれば株価は上昇する。他方で、現状で経済が元気でも今後に大きな不安があるなら、株価は低迷するだろう。
 さらに重要なことは、株価は経済の好不調という実体経済の動き以上に、金融市場の動きに影響を受ける存在でもある。金融政策への期待あるいは失望、為替市場の動きなども、株価に大きな影響を及ぼす。そうした金融市場の展開を受けて株価は大きく変動するので、あまり株価の動きに振り回されないほうがよいのだ。
 特に日本の株式の多くは外国人投資家によって保有されている。そのなかにはヘッジファンドのように、売り買いをあおって値動きを激しくして儲けているところもあるようだ。昨年はアベノミクスの下での大胆な金融緩和策で日本の株価は大幅に上昇した。海外の投資家のなかには、価格の上昇した日本株を売るタイミングを図っている所もあるだろう。

2.株価が上昇したときに海外メディアが発した「危ない」の意味

 日本経済が持続的に成長するには、あまり株価が上がらないほうがよい。そう言ったら間違っているだろうか。株価が大きく値を下げるのは問題だが、いまの水準程度で落ち着いた動きを続けていて、その間に雇用や所得など実体経済の改善が続くというパターンのほうが、日本経済の好調は長続きしそうな気がする。
 仮に株価があまりにも速く上がりすぎるようだと、経済に無用な過熱が生まれることにもなりかねない。本格的な実体経済の回復が伴わない株価上昇は危険な存在である。
 昨年の前半、安倍内閣の下での大胆な金融緩和策によって、日本の株価は急上昇した。これを見て海外のあるメディアは、「日本経済は危ない」と報じた。金融政策だけで株価が急上昇するのはバブル以外の何ものでもなく、それで経済が回復したと考えることはできないからだ。
 ところがその後日本の株価が一時よりは少し下がり、日経平均が14000円前後で低迷(?)しているとき、このメディアは日本経済の回復は本物かもしれないと報じている。雇用や生産などの実体経済の指標が確実に回復しているなかで株価が落ち着いているのは好ましいことだと考えたからだ。
 この海外メディアの分析は基本的に正しいと私も考える。いまの日本経済にとって本当に重要なことは雇用・生産・投資・輸出などの実体経済の動きが確実に回復していくことである。それが続けばいずれ株価は上昇していく。先に株価が上昇することで、実体経済が引っ張られて回復するというシナリオは描きにくいのだ。
 2000年代前半の米国経済の経験は、資産価格と実体経済の関係を考えるうえで大いに参考になる。2000年のITバブルの崩壊、01年の9・11事件などを受けて、米国経済は当初厳しい見通しであった。しかし、米国の中央銀行総裁のグリーンスパン氏が大胆な金融緩和策を続けることで、米国経済は見違えるように元気になったように見えた。
 しかし、後から考えると、株価や不動産価格はバブルと言えるほどに大幅に上昇したが、経済成長率や雇用などの実体経済指標の動きは、資産価格に大きく見劣りする状況であった。それでも資産価格がいずれは実体経済を引っ張っていくかと思えば、実際にはリーマンショックという形で資産価格の暴落が起きたのだ。実体経済の動きを伴わない過度な資産価格の上昇が危険な存在であることを明らかにした。
 いまの日本がそうした状況にあるわけではない。先ほどから述べているように、株価はむしろ落ち着いた動きとなっている。不動産市場でも大変なバブルが起きているわけではない。当面の株価の動きに一喜一憂する必要はない。重要なのは実体経済がどういう動きをするのかということなのだ。

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