伊藤元重が見る 経営の視点

第32回気候変動問題のインパクト

1.揺れる自動車産業 全産業に影響が及ぶ

自動車産業が環境対応で大きく揺れている。2015年の末に行なわれた国連のCOP21でまとまったパリ協定では、2050年までに非常に大胆な温暖化ガスの削減を求めている。そうした動きを受けて、自動車業界では急速な電気自動車化が進んでいるのだ。

英国やフランスなどは、他国に先駆けて2040年までにすべての自動車を電気自動車や燃料電池車など、温暖化ガス排出ゼロの自動車に完全に移行するという方針を打ち出している。EU全体でも、大胆な温暖化ガス削減のための自動車の規制について議論が進められている。

米国はトランプ政権によるパリ協定からの離脱表明で不確実性が増しているが、カリフォルニアなどの州レベルでは、世界に比類がないような厳しい温暖化ガスの排出規制が課されている。中国などでも急速な電気自動車化が進もうとしている。

こうした動きは自動車業界の姿を大きく変えようとしている。ガソリンやディーゼルの自動車だけでは生き残ることが難しくなっているのだ。自動車メーカーはもちろんのこと、多くの企業が関わる裾野の広い部品産業でも激しい変化となるだろう。これまで電気自動車を手掛けてこなかったマツダなどのメーカーも、生き残りをかけてトヨタと組むことを発表した。

環境問題への対応に加えて、自動運転技術の進化などもあり、自動車業界は大きな変化に揺さぶられている。こうした変化に対応できない企業は淘汰されるだろうし、変化が新たなビジネスチャンスをもたらすような面もある。

パリ協定によって、我が国も、2050年までにCO2 などの温暖化ガスの排出量を約80%削減しなくてはいけない。大変に難しい課題だ。自動車業界で言えば、ガソリン車などの内燃機関の自動車は消滅し、一部バイオ燃料などは残るとしても、ほとんどすべての自動車が電気で走る車になるということだ。だから、自動車業界は大騒ぎとなっている。

ただ、環境問題への対応は自動車産業に限定されるわけではない。すべての産業におよぶ問題だ。建設業界でも流通業界でも、温暖化ガス排出削減は大きな問題となるはずだ。鉄鋼業界など存続の危機に関わる問題であると言ってもよい。電力でも、まだほとんど成果が出ていない再生可能エネルギーの活用を大胆に進めなくてはいけないだろう。欧州の状況などと比べると、日本での再生可能エネルギーへの取り組みはまだまだ遅れていると言わざるを得ない。

少し乱暴な言い方かもしれないが、温暖化ガス排出抑制や省エネが、多くの産業で企業の競争力を決める最大の要因となるかもしれないのだ。企業経営者は温暖化ガス排出抑制を企業戦略の柱とする必要が出てくるだろう。全ての企業が同じように環境問題に対応することを求められるのであれば、それが特定の企業だけに不利に働くものではないからだ。

環境問題に対応できない企業は淘汰されていくのに対して、環境問題への正しいソリューションを提示できる企業は、ビジネスでの大きな飛躍が期待できるのだ。環境問題への対応を経営の中核に据える必要がある。

2.イノベーションが地球を救う

地球気候変動問題は深刻な事態である。だからこそ世界の多くの国が集まって、パリ協定のような合意にまで至ったのだ。トランプ大統領のパリ協定からの脱退声明のように、その動きにはさまざまな不確実性が伴う。今後も各国の対応には迂用曲折があるだろう。ただ、長い目で見れば、世界の多くの国が温暖化ガスの排出削減に本格的に取り組むことが求められることになる。

問題は、いまの技術や産業社会の姿では、この課題に対応することが困難なことだ。本格的なイノベーションが出てくる必要があるだろうし、社会が変わっていく必要がある。

ビジネスの観点から言えば、足元の変化だけでなく、長期的なトレンドを見つめて、大胆な発想で革新に取り組むことが重要となる。あらゆる分野にビジネス革新のチャンスが潜んでいると言っても過言ではない。

例えば、電力を中心としたエネルギーの分野を例に挙げれば、省エネや再生可能エネルギーの利用の拡大は、多くの新たなビジネスを生み出すはずだ。先日、再生可能エネルギー関連の技術や製品の展示会を見学する機会があったが、大企業だけでなく多くの中堅中小企業が新たな製品や技術の展示をしていた。風力、小水力、太陽光、地熱、水素燃料など、それぞれの再生可能エネルギーに付随してさまざまな商品開発が可能であるし、その裾野も非常に広い。

冒頭で取り上げた電気自動車や燃料電池の分野でも、多くの新たなビジネスが生まれるだろう。東京の展示会では高校生が開発した折りたたみ式の電気自動車が話題になっていた。高校生でもチャレンジできるような新しい製品や部品の可能性が広がる。従来の内燃機関に関わる部品ビジネスは厳しいが、電気自動車になればそれに対応した部品に大きな需要をもたらすはずだ。

住宅や都市インフラでも大きな変化が出てくるだろう。住宅ビジネスでは、省エネがますます重要な要素となるだろう。建物の素材開発からHEMS(ホーム・エネルギー・マネジメント・システム)のような省エネのシステムサービスの開発まで、温暖化ガス排出削減をキーワードにしたビジネスの広がりは大きいはずだ。

いくつかの例を取り上げたが、こうした動きはこれらの業界だけに限定されるものではない。それどころか、あらゆる業界が地球気候変動への対応の動きに大きな影響を受けるようになるだろう。だからこそ、すべての産業にリスクとチャンスが潜んでいるのだ。

本誌の読者の皆さんには、いろいろな業界の方がいるだろう。それぞれの業界で、地球気候変動問題によって、どこに変化や対応が求められることになるか考えてほしい。そしてその問題や課題に対応するためには、どのようなソリューションがあるのか考えてほしい。すぐに答えが出るものではないだろうが、そうした問題を日頃から考えていれば、どこかの時点で新たなビジネスチャンスが見えるはずだ。

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