伊藤元重が見る 経営の視点

第31回イノベーションの民主化は中小にチャンスをもたらす

1.情報化は中小企業に有利に働くのか

AI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)なそ、情報技術の革新が急速に進んでいる。多くの中小企業の経営者は、こうした流れについていけるのかどうかという不安を抱えているようだ。確かに、これまでやってきたビジネスの手法が通用しなくなるかもしれない。変化に対応できなければ会社存亡の危機となるかもしれない。

ただ、よく考えてみれば、中小企業こそ変化に対応することで利益をあげられる存在ではなかっただろうか。変化こそが利益の源泉のはずなのだ。変化に対応できない中小企業は生き残れない、と言っても過言ではないだろう。

情報技術が高度化すれば、大企業しかそれに対応できないと考えている人がいる。しかし、例えば情報かが進めば、消費者がパワーアップするとも言われる。Eコマースやネット上の情報の動きからもわかるように、情報かが進むと、売る側の企業よりも買う側の消費者のほうが有利になるのだ。これまで企業が独占していた情報に消費者がアクセスできるようになるからだ。

消費者が情報化でパワーアップするのであれば、中小企業も同じはずだ。大企業であれば、中小企業も同じはずだ。大企業が独占していた情報やサービスに中小企業もアクセスできるようになる。それをフル活用すれば、中小企業にとってさまざまな利益拡大機械があるはずだ。

インドの現地調査である技術者が、イノベーションの民主化が起きているという言い方をしていた。本人さえやる気になれば、個人でも中小企業でも、先端の技術やビジネスの革新に参加するチャンスが増えているというのだ。大企業の方も、すべて自前でやるのではなく、オープンイノベーションということで外部の力を活用しようとしている。そこに中小企業のチャンスもある。

いま話題になっている中小業者の物流システムへの参加なども、情報技術を利用した中小企業のビジネスの拡大の好事例だろう。これまでであれば、中小の印刷事業者は大手の下請けとしてビジネスに参加することが多かった。インターネットによるシェアリングサービスが可能になることで、アマゾンのような大手ユーザーの物流サービスを直接請け負うことができるようになるだろう。情報技術によってネットワークの中抜きが進み、中小業者であっても、最終ユーザーと直接つながることができる。下請けで搾取されることも減るだろう。

シェアリングビジネスというと、タクシーの代わりのUberのような配車サービスや、ホテルの代わりに自宅を利用してもらうAirbnbのようなケースが話題になることが多い。ただ、社会全体で見て本当の意味で市場が大きいのは、スキルのシェアリングである。特殊な技能や能力を持っている人材や中小企業が、シェアリングサービスによってより多くのユーザーに利用されることが期待される。そのためにも、中小企業は独自のスキルを磨き上げる必要がある。情報化社会では、そうしたスキルを利用する企業は増えるはずだ。

2.大手の人手不足は中小のチャンス

中小企業は世の中の変化に敏感でなくてはならない。特に大きな動きには注目し、そこにビジネスチャンスを見つける必要がある。では、現在何が最も大きな変化であるのだろうか。いろいろな変化が思いつくが、人手不足がその中でも特に重要な変化の一つであることは間違いない。人手不足はすべての企業を直撃している問題である。それだけビジネスチャンスも幅広いはずだ。

多くの企業は人手不足で大変だという。その通りだろう。ただ、人手不足で大変だという意味では、すべての企業が同じ状況だ。そうした企業が競争しているわけだから、人手不足のせいで自分の企業が不利になっているという訳ではない。人手不足で大変だという企業は、旧来のやり方を変えることが出来ないだけのことだ。人手不足という変化に対応すれば、そこにさまざまんチャンスが生まれる。

例えば、人手不足に直面した大企業はどのような対応をするだろうか。自社の人材だけでは対応することが難しい。だからといって大規模に新規採用をするのも、人手不足の時代には難しい。結局は他の企業に仕事の一部を委託するしかない。そこに中小企業のビシネスのチャンスがある。

重要なことは、人手不足という課題に対応できるソリューションを準備しておくことだ。人手不足というキーワードを掘り下げて、自社のリソースで何が出来るのか追求することだ。すでに述べたネットワークを利用して物流のシェアリングサービスに参加するという例などは好事例だと思う。人手不足という一般的な現象ではなく、物流における人手不足というようにより踏み込むことで、具体的なビジネスの形が見えてくるのだ。

どのような人手不足が存在するのか、少し具体的に考えてみるとよい。例えば、外食産業や小売業の現場での人手不足は深刻であるし、必要とする人材の規模も大きい。情報システムや機器による代替なのか、それとも新しい人材派遣の仕組みなのか、店頭での人材不足を解消するソリューションを提供できることは大きなビジネスチャンスとなる。

生産分野でもさまざまな形のアウトソーシングが生まれるだろう。大企業はすべての生産を自社で賄うことは難しい。例えば製薬メーカーにとって、自社の経営資源は新薬開発に集中させようとすれば、薬剤の製造は専門メーカーに委託しようとするだろう。電機メーカーでもすべての製品を自社で生産するのではなく、OEM生産の委託を増やそうとするかもしれない。重要なことは、こうした取り組みによって人手不足を解消できるかどうかだ。

一般に人手が余っている時には、大企業は外への発注を切って、自社内に仕事を戻そうとする。解雇が難しい中で、自社の人材を活用したいからだ。今起きていることはその逆の現象だ。とにかく人手が足りない。自社内で調達できないのであれば、外に委託するしかない。人手不足というのは、外部委託が増えるということでもあるのだ。中小企業はこうした機会を逃してはいけないのだ。

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