チエル株式会社 川居 睦

Guest Profile

川居 睦(かわい・むつみ)

1962年生まれ。93年11月アルプスシステムインテグレーション入社。99年10月旺文社デジタルインスティテュート(2006年よりチエルに社名変更)取締役に就任。05年6月アルプスシステムインテグレーション取締役。06年10月、チエル代表取締役となる。

特集業界リーダーの チャレンジ 新たなる働き方

1.学校教育のICT化に 特化したベンチャー

 学校教育にコンピュータが活用され始めたのは1980年代。企業内でOA化が騒がれたのとほぼ同時期だ。以来、30年以上を経ているが、ICT化が急速に進むオフィス環境とは対照的に、学校教育の現場でのICT化は大きな進展を見せていない。
 学校教育のICT化に特化したビジネスを展開するチエル社長の川居睦は「進展しない理由は3つある」と指摘する。
 ICT化のための導入予算、国の教育政策、教員に関する課題だ。
 たとえば公立の小中学校に新たな投資が必要な場合、各市町村に交付される地方交付税交付金が充てられる。地方交付税交付金は使用目的がひもづけされるものではないため、昨今のように自然災害による被害があった場合には優先的にそちらに費用が向けられ、学校への投資が後回しになることも少なくない。
 国の政策という点では、各学校での教育課程の基準は、文部科学省が学習指導要領として作成、告示するが、2017年3月改訂の学習指導要領において、ようやく「主体的・対話的で深い学び(アクティブ・ラーニング)の導入やプログラミング教育の充実」というICT化を後押しする内容が盛り込まれたばかりだ。
 教員については、現場で直面する数々の課題(働き方改革、不登校、部活動、学力向上など)への対応に迫られており、ICT化と向き合う時間が取れないというのが現実だ。また、お金を出すのは市町村で、使うのは教員という、お金の出し手と利用者が異なる点も、ICT化が進みにくい要因になっている。

2.価値を提供し続ける テクノロジーを見極める

こうした環境に置かれながらも、チエルは1997年の創業以来、事業を着実に拡大させ、2016年3月には、東京証券取引所ジャスダックに株式を上場した。同社が安定的に成長を続けられるのはなぜか。
 ひとつは同社の成り立ちだ。チエルはソフト開発の高いスキルと豊富な経験を有するアルプスシステムインテグレーションと、創業以来90年近い教育出版のノウハウをもつ旺文社とを融合した事業体だ。社長の川居は25年以上にわたり、学校教育向けのICT事業1本で戦ってきた。社員の中には創業期から川居と苦楽を共にしてきたメンバーも多く、それだけに事業展開にブレがない。
 大学、高校、小中学校向けのストック型ビジネスが35%を占めている点も大きい。
 そして何よりも教員に対し「寄り添う」という気持ちだ。本来、授業の質と効果は教員自身が第一に考えるべきところだが、現実には授業以外のところでさまざまな問題を抱えており、肝心なところに手が届かない教員もいるという。そうした現実をよく知っているからこそ、同社が提供するLMS(Learning Management System:学習管理システム)や教材を活用することで、期待できる効果を、教員に的確に伝えることができる。教材開発も教員たちとの協力あってのものだ。タブレットを使ったフラッシュ型教材は、生徒たちのモチベーションアップにつながり、基礎学力の向上に効果をあげている。
「われわれが提供するものは、30年スパンで、どの学校でも、どの先生からも、喜んでもらえるものでなければならない。すぐに廃れそうな最新テクノロジーを追いかけていてはダメで、将来、確実に残っていく普遍的なテクノロジーは何か、それを見極める目が必要」

3.IT環境を活用し 課題の共有、解決を図る

チエルは、学校教育というニッチな世界を相手に、ICTを駆使するベンチャーだ。「専門性の強みで急成長」というベンチャーの一般的なイメージからすると、少々地味だが、ゆっくりでも着実に成長できているという事実は、同社の製品、サービスが学校教育市場からしっかり評価されていることにほかならない。
 それを可能にしているのが、社内の情報共有と課題解決への取組みだ。
 同社には、国内外を問わず出張等で本社を離れているときでも、頻繁にコミュニケーションを図ろうという文化が根付いている。
「ふだんからスカイプ(無料ビデオ通話アプリ)を使って、幹部とはミニ会議を開いている。出張先でメールチェックしたときに、スカイプが立ち上がっているメンバーを見つけると、『どうした?』と(スカイプから)声をかける」
 重要課題と認識しているメンバーがいれば、その熱量をいち早く共有しておくことが重要だ。社内に温度差があると、いくら喫緊の課題であっても、その処理に時間を要してしまうからだ。緊急度に応じて、携帯電話、スカイプ、メールを使い分ける手法も社内に浸透している。
 人材に関しては、長く働いてもらえる環境づくりを重視する。
「国内の学校教育市場は景気にあまり左右されない世界だ。しかし国の政策や予算次第で、大きく変わる要素もある。そのとき他社に先んじるためには、市場と地道に付き合いながらも、変化を嗅ぎ取る力も必要」
 社員の多くを地方出身者が占めるが、とくに開発系(プログラミングなど)の社員には、将来、親の介護等が必要になった場合でも、働き続けられるように地方の拠点を増やす考えだ。また、教員との接点役を担う営業の現場でも、小学校・中学校の教育に対する考え方は地方によって大きく違うということもあり、地域ニーズをしっかり拾うという狙いから地方の拠点を広げる方針でもある。
 最近は民間企業からのアプローチも増えているという。人材教育の重要性がますます高まるなか、コストと時間の制約などもあり、同社がこれまで学校教育の場で効果をあげてきたツールや教材への関心が高まってきている。こうした動きに対してはM&Aなどにより、対応できる体制を固めつつある。
 また自らチャレンジの場を広げようと、教材の海外展開にも注力する。
「海外の学校教育市場では、日本以上にクラウド環境が整っている。国内と違い、アップダウンの波は激しいが、メイドインジャパンの教育システムを、世界の教育業界に問うてみたい」
 安定市場のかじ取りと、新たな市場へのチャレンジで、チエルはさらなる成長を目指す。

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