株式会社日本M&Aセンター 分林保弘

Guest Profile

分林 保弘(わけばやし・やすひろ)

1943年生まれ。立命館大学経営学部卒。日本オリベッティ入社、同社会計事務所担当マネージャーを経て、91年日本M&Aセンター設立、翌年代表取締役社長に就任。「会計事務所」「地域金融機関」「商工会議所」等の情報をマッチングするプラットホームの概念を提唱し、中小企業M&Aの社会的意義を理念として確立。2006年10月に東証マザーズ上場、翌年には東証一部上場を果たす。日本における中堅中小企業のM&Aの第一人者として活躍中。10年より東京商工会議所議員も務める。

特集創業30年の上場準備企業が気づいた M&Aという新たな出口

1.3ヶ月間のM&A仲介実績は27組

今年(2012年)の3ヶ月間(1~3月)の当社のM&A仲介実績は27組です。一週間に約2組の調印式が行なわれたことになります。その内、譲渡企業の3分の1の9組が年商1億~2億円の小規模企業で、社員も10人ほどです。業種も自動車整備業・介護・包装資材卸・和菓子屋さん等、さまざまです。

2.中堅企業も"上場よりM&A”で売却へ

 一方で中堅の優良企業のM&Aも増加しています。代表的事例として「買手ワタミと売手タクショク」の事例をご紹介しましょう。
 4年前(2008年)の3月、長崎の有力な税理士から電話がかかってきました。
「私が30年前に開業したときの第一号のお客さんの相談に、ぜひのってほしい……」
 業種は食品製造宅配業。独居老人を対象に月曜日から金曜日までの5日間、毎日夕食のお弁当を3万食届けている会社で、年商80億円、経常利益4億円の優良企業です。その当時、上場準備をしているとのことでした。
 4月中旬、その社長と長男(税理士であり、その会社の取締役経営企画室長)と税理士が東京の当社まで相談に来られました。社長は創業して30年、66歳。子供も長男・二男・三男の3名があり、後継者もおられるのになぜM&Aの相談に来られたのか?と不思議に思いながら面談に臨みました。
 社長の第一声を聞いて、なるほどと思いました。
 実は上場準備をしている中で気付いたことが2つあります。
 一つは、このまま順調に上場しても心配ごとがあります。上場するということは、数千人規模の株主に株を持っていただき、その期待に応えるために毎年売上げも利益も10%以上、成長していかないと株価を維持できないし、期待に応えられないことになる。私も70歳まであと数年です。仮に息子が継いだとしても、その期待に応えられるだろうか? それで息子達はそれぞれ幸せだろうか?ということです。
 もう一つは、上場せず未上場のまま息子達が後を継いだ場合も、大変だと思ったんです。この30数年間、私自身は順調にやってこられましたが、工場の土地・設備・運転資金等、ずっと銀行からの借入金に対する個人保証と担保提供を続けています。今後この会社が発展するために売上げを増やそうとすれば、東京・大阪・名古屋等全国に工場を展開する必要があります。そうなれば、息子達は自分と同様、引退するまで個人保証をしなければならず、心休まらない年月を背負わせることになるのです。息子達にとっては、上場しても大変、非上場のまま継がせても大変だということです。最近こうした2つの悩みを抱えるようになり、ご相談に参りました」
 さらに事業環境の面でも、課題を認識されていました。
「当社は九州では有名になりましたが、さらに発展していくには、東京・大阪等に工場を作って展開する必要があります。しかし当社は全く知名度もないし、資金力もない。いずれにしろ当社の発展のためには大手で、かつブランド力・資金力等ある企業と資本提携した方が良いのではないかと思うのです」

3.シナジー効果のあるM&Aへ

 社長の話は真剣で実によく考えられた上での相談でした。
 この話を聞いて、ブランド力・資金力・弁当の開発力…等を有する相手候補としてまず閃いたのは、大手コンビニチェーン。そしてもう一社、ワタミの渡邉さんの顔が浮かびました。
 ワタミは外食産業に加えて〝介護事業〟も展開し、その上に無農薬の農場まで経営しています。相談を受けたその日から2週間後の4月29日、渡邉さんと河口湖でのゴルフを約束していることを思い出し、そのときに話してみようと決めました。
 ゴルフの当日、昼食後2人だけで秘かに話をしました。もともと、渡邉さんはM&Aよりも自力で新規事業を起業するタイプなのでどうかなと思いましたが、少し興味をもたれた様子でした。
 渡邉さんはカンボジア、ネパール等に小学校を寄贈する活動をしています。5月中旬に、朝7時半から帝国ホテルで、その活動の講演会が行なわれる日がありました。
 M&Aの場合はトップ同士の人柄を認め合うことが最も重要な要素です。私はこのチャンスを得て、タクショクの社長、長男及び税理士に前日から帝国ホテルに泊まっていただきました。渡邉さんの教育や社会貢献に対する思いを聞けば、きっとタクショクの社長も「この人なら信頼できる経営者だ」と思われるだろうという確信を持っていたからです。
 講演を聞いていただいた後、当社の応接室でランチをとりながら、タクショクの社長から事業内容を詳しく語っていただきました。途中から渡邉さんの眼も輝き始め、「ぜひ前向きに検討したい。ついては、ぜひ来週に長崎の本社・工場を見学させてほしい」ということになり、現地見学がその場で決まりました。
 その後数回の現場での視察や数字面の交渉を経た6月下旬、両国国技館においてそのときがやってきました。その日はワタミの株主総会。約7000人の株主の前で両社長がM&Aの基本合意を発表するという、猛スピードのM&Aでした。

4.売上げ80億円から400億円に拡大へ

 あれから4年、このM&Aは大成功を収めています。タクショクは会社名を〝ワタミタクショク〟と変更し、今も業績を伸ばしています。当時年商80億円の会社でしたが、2012年度の予測数字は400億円。近いうちに500億円、いや将来は1000億円も不可能ではない成長ぶりです。素晴らしいビジネスモデルの上に、ブランド力+営業力+経営力等のシナジー効果(相乗効果)が加わり、ものすごい力になるというM&A成功の事例が生まれたのです。
 譲渡企業オーナー社長は、しばらく社長・会長を務められましたが、その後退任。30年間の借入金に対する個人保証から解放され、ハッピーリタイアされました。
 しかしながら、持ち前の起業家魂で新規事業を興しておられます。地元駅近くに1000坪の土地を購入、6階建ての建物を建築しています。1階は1万人の会員制の温泉で1500メートル超の地下を掘って作られました。2階にデイケアセンター、3~6階は高齢者専用マンションになっています。
 現在は4階建ての介護棟を建設中で、これを三男の事業にする予定とのこと。二男は介護施設への食材卸業、長男は税理士事務所の経営へと、地元での事業を無借金でリスクなく展開できており、今後の彼らの経営者としての人生も楽しみです。
 M&Aとは「企業の存続と発展のための経営戦略」と我々は位置づけています。理想のM&Aは譲渡企業オーナーもプラス、譲受企業もプラス、そして社員もプラスの三者共プラスになるM&Aですが、まさにこれがすべて実現できた、典型的なM&A事例になった例です。

TO PAGE TOP