根本特殊化学株式会社 松澤隆嗣

Guest Profile

松澤 隆嗣(まつざわ・たかし)

新潟県上越市出身。1971年新潟大学工学部応用化学科卒業。同年、根本特殊化学入社。1991年取締役開発本部長に就任。1997年常務取締役開発本部長、2008年取締役社長に就任。その間、放射性物質を用いない長残光性夜光塗料の開発に対して1996年「大河内記念技術賞」、 1997年 「 電気化学技術賞・棚橋賞」を受賞している。

特集事業喪失の危機を乗り越えた技術力で目指すのは「脱原発」照明

1.時計用夜光塗料は世界シェア100%

「夜光塗料」と聞けば思い浮かべるのは、時計の文字盤くらいかもしれない。しかしいま、夜光塗料はいろいろな場所で使われている。

 たとえば、米国防総省本庁舎(ペンタゴン)。非常用出口にある避難誘導の「EXIT」の標識にも夜光塗料が塗られている。これは2011年の「9・11」同時テロで建物が破壊されて停電し、「EXIT」の蛍光灯が真っ暗になったからである。現在使われているのは、従来のものよりも残光輝度が10倍と極めて明るい夜光塗料で、作っているのは日本の根本特殊化学である。

「光を当てると、そのなかの紫外線エネルギーを蓄えて自ら光るものを蓄光性の夜光塗料といいますが、当社が1994年に開発した新素材の蓄光性夜光塗料『N夜光』は世界シェア80%を握っています。また、当社の時計用夜光塗料はほぼ100%の世界シェアを持っています」と同社社長の松澤隆嗣は語る。

 根本特殊化学の創業は1941年12月8日。太平洋戦争開戦の当日だった。創業者の根本謙三は「戦争になれば灯火管制が起こる。暗闇のなかでの作戦でも、夜光塗料が塗ってあれば見やすくて需要が増えるだろう」と考え、軍用に夜光塗料の販売を思いついたのだ。

 戦後は夜光時計に注目し、文字盤や針へ夜光塗料を塗ってメーカーに納める事業で業績を伸ばした。

 ところが、当時一般的だったのは放射性物質を含んだラジウム夜光塗料。これが54年の第5福竜丸の被ばく事故を受け、危険視された。そこで同社は、プロメチウム夜光という放射線の安全性が高い素材の開発に成功する。

 その結果、セイコーをはじめとする国内の時計メーカーがこぞって採用し、夜光時計を海外にどんどん輸出したことで、同社の業績は右肩上がりに伸びていった。

 「時計の夜光塗料の需要は、国内で300㌔㌘くらいのもの。だからロットでのうま味が取れず、大手は入ってこようとはしません」

 そうしたニッチに特化し続けてきたことが同社の強みになった。

 そう語る技術開発畑出身の松澤の頭のなかには、創業者のもう一つの教えが刻まれている。それは「一つの事業は30年と続かない」というもの。だから現状に甘んじることなく、他社が手掛けない新しい夜光塗料の開発に常に取り組んできた。

2.屋台骨の事業が一瞬にして喪失の危機

 ところが同社はまたも屋台骨を揺るがすような危機に直面する。
 91年3月、主要な取引先だったセイコーが製造現場での安全性や環境保護などを考慮して、プロメチウムをはじめとする放射性物質を含んだ夜光塗料の使用を5年以内に全面的に取りやめ、発光素子エレクトロルミネッセンス(EL)に切り替える計画を明らかにしたのだ。時計用の夜光塗料は同社を支える屋台骨の事業。これを失えばあっという間に経営は立ち行かなくなる。

 そこで代替品の開発という重要な使命を受けたのが、当時、技術開発本部長を務めていた松澤が率いる技術開発のメンバーだった。

「蛍光灯を消すと、しばらくボーッと光っています。これはユウロビウムという希土類元素を賦活(ドーピング)したアルミン酸ストロンチウム蛍光体の働きのおかげで、私たちはそれを夜光塗料に利用できないかと考えました」

 しかし、それだけでは残光輝度が弱い上に残光時間も短くて実用には適さない。そこでさまざまな素材との組み合わせに取り組み、最後にたどりついたのがユウロビウムと同じ希土類元素であるジスプロシウムだった。実に3年もの月日が経過し、実験の数は3000回以上に及んでいた。

 これが現在の「N夜光」で、96年にはこれで「産業界のノーベル賞」と言われる大河内記念技術賞を受賞している。

3.「N夜光」に変えただけで原発3基分が不要

 同社の強みは、こうした技術力だが、その背景にあるのが大学とのネットワーク作りである。特に放射線や蓄光素材に近い研究を行なっているのは地方の国立大学が多く、それら大学のゼミの教授とのパイプ作りに努めている。松澤とてその縁で入社した一人なのだ。

 同社がいかに技術開発に力を入れているかは、研究開発投資に年間売上高の8%を投じていることからもわかる。通常、中堅・中小企業の研究開発投資は売上高の3%程度と言われるが、同社はその倍以上を充てているのだ。そうやって同社が力を注ぐ夜光塗料を、エコの視点で捉え直してみると実に面白い。

 実は同社の地下にあるショールームは暗室のような作りになっていて、電気を消すと夜光塗料を塗った製品が一斉に光を放つ。人の動きもわかるし、展示パネルの文字を読むことも十分にできる明るさを保っている。それならば、省エネ製品として活用できるのではという発想が生まれてくる。

「現在の『N夜光』よりも残光輝度を10倍ほど高めることができれば、エコ照明として使えます。昼間蓄光しておいて夜に発光するわけですから、国全体の消費電力は大幅にカットできるようになります」

 米国では『EXIT』の表示がすべて「N夜光」に置き換わるだけで原子力発電所3基分もの省エネにつながると言われている。

 夢物語のように思われるが、世界のエネルギー市場を一変させる夜光塗料を世に送り出す日も、そう遠くないような気がする。

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