株式会社えと菜園 小島希世子

Guest Profile

小島希世子(おじま・きよこ)

1978年、熊本県合志市生まれ。慶応義塾大学卒業。農産物の産地直送ビジネスを手がける流通企業に勤務した後、2006年、熊本県でオーガニック栽培に取り組む。農家直送のネットショップ(現「えと菜園オンラインショップ」)を立ち上げる。09年、「株式会社えと菜園」として、法人化。11年、横浜ビジネスグランプリ・ソーシャル部門最優秀賞を受賞。

特集自然栽培など安全性を追求し、契約農家のこだわりを全国に

1.農家のトラクターに憧れた少女時代

 2011年、『ホームレスの職と農をつなぐ「レンタル家庭菜園」』というビジネスプランで、「横浜ビジネスグランプリ2011」のソーシャル部門最優秀賞を受賞した株式会社えと菜園。代表の小島希世子さんは幼い頃から農業への憧れを抱いてきたという。

「熊本の、周りはみんな農家という環境で育ったんです。両親ともに教師のわが家だけ普通の乗用車。農家さんのトラクターやコンバインがうらやましくて、『農家ってカッコいいなあ』と思ってました」

 大学進学を機に上京。そこでは、さまざまなカルチャーショックが待っていたという。

「水道水が臭くてまずいことに驚きました。故郷・熊本の水は、すごくおいしいかったんだなと。スーパーで売っている野菜もなんだか味が薄い。都会で暮らすということは、こういうものを口にしなくちゃならないことなんだと、怖くなったのを覚えています」

 農学部を目指しながらも叶わなかった小島さんだが、農業への思いは変わらず、農業系のアルバイトや、大学の休みには熊本で無農薬栽培を行なう農家を訪ねてまわった。そして卒業後、農業の流通会社に就職する。

「就職した会社は、農家さんと話し合いをして、野菜の値段を決めていました。普通は市場に出荷して、市場が決めるというやり方。農家は値段も決められなければ、どんなところで売られるかもわからない。学生のとき『無農薬栽培の農家になりたい』と言った私に『いまはやらないほうがいい。いくら手間をかけても報われない』と言ったある農家さんの言葉が思い出されました」

 現在の市場は「キロいくら」で取引価格が決まる。利益を上げようとすれば大量生産するしかなく、化学肥料や農薬も使わざるを得ない。

「また市場規格に沿わない曲がったキュウリなどは廃棄される。その量のあまりの多さにショックを受けました。熊本では、こだわりをもって無農薬栽培を続けている農家さんが報われない現状が続いている。それなら、私がなんとかしようと思いました」

 そう決意した小島さんは06年、「えと菜園オンラインショップ」を立ち上げる。熊本の安全でおいしい農産物を農家から直接、生産者に届けるシステムだ。

 初年度には1軒だけだった契約農家も、現在は16軒。リピーターも増え、売上げは着実に伸びている。

「契約農家さんのこだわりは全国的にもトップレベル。たとえば、オーガニック小麦は全国流通のわずか0.07%未満で、なかなか市販では手に入りづらいのですが、それが当店で購入できます。人気のトマトジュースは栽培者、栽培法まで特定できるもの。有機小麦粉を使ったベーグルなど、アイデアもどんどん出して、ここにしかない商品が生まれています」

2.農業と食卓の距離を近づけたい

 今日まで試行錯誤も当然あった。

「農家さんから直接発送するので、『梱包が雑』とか、おまけの野菜や自家製の漬物を入れたりという農家さんの好意が『注文していないものまで入っていた』というクレームになったり……」

 ある日、小島さんを驚かせたのが「商品の大根に土がついていた」というクレームだった。

「お詫びしつつ、『大根は土の中で育つので』と言ったところ、『大根って土の中で育つんですか?』とすごく驚かれたんです。農業と食卓はそこまで遠くなってしまっているんだなと思いました」

 そこで始めたのが体験農園「コトモファーム」だ。無農薬栽培を学びながら、年間16種類の野菜を自分自身で収穫することができる。

「一年体験されるだけで、農作物に対する意識がガラリと変わります。私自身もたくさんの発見がありました。たとえば、バランスを間違えなければ、農薬を使わなくても虫もそれほどこない。『もうちょっと採ってやろう』と欲を出して肥料をやると、必ず虫がきたり、病気になったりする。人間も農業も自然のサイクルの一部だということを改めて感じています」

3.10軒の農家を顧客300人が支える未来

 オンラインショップ、体験農園に続く3つ目の事業が、「横浜ビジネスグランプリ2011」最優秀賞を受賞した、路上生活者と農業とのマッチングビジネスだ。

「職を求めている路上生活者と、人手不足に悩む農家をなんとかつなげられないかと始めました」

 現在は支援団体を通じ、ニートなど「現状を変えたい」という人が多く参加している。

「太陽の下で土に触れていると、気持ちも前向きになっていくんですよね。自分が育てたものがどんどん成長していく様を見て、自信を取り戻していった人もいます」

 現在の就農実績(アルバイト含む)は12名ほど。そこで見えてきた農業界の問題を小島さんはこう指摘する。

「後継者不足を嘆くなら、農業を志す人が容易に入っていけない現状を見直すべきですよね。世襲制にこだわらず、従業員に継がせるような会社制に考え方を改めてもいいと思うんです」

 それだけではない。TPPなど、いま農業はその足元から見直す必要に迫られている。

「確かにいまは変化のときです。でも、どんな状況になっても、目の前のお客様に安全でおいしい農作物を届けること。それが私の仕事だと思っています。もっと多くのお客様に安全なものを届けたいと思いますが、事業を大きくすることは、お客様との距離が遠くなること。それでは意味がない。だから、うちのような理念をもつ企業がもっと増えるといいなと思うんです。

 たとえば、10軒の生産者と300人のお客様のマッチング。生産者がお客様の食の安全を全力で守り、お客様はしっかりと食べて生産者を支えていく。そんな双方向のシステムを全国的に広げていくことで、日本の農業の未来を変えていけるのではないかと思っています」

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