株式会社ティーケーピー 河野貴輝

Guest Profile

河野 貴輝(かわの・たかてる)

1972年、大分県生まれ。慶應義塾大学商学部卒業後、伊藤忠商事株式会社為替証券部入社。日本オンライン証券(現・カブドットコム証券)、イーバンク銀行(現・楽天銀行)の立ち上げプロジェクトに参画し、ITと金融の融合事業を手がける。イーバンク銀行で取締役営業本部長等を歴任した後、2005年8月、株式会社ティーケーピーを創業。11年、TKPガーデンシティ品川(旧ホテルパシフィック東京1F宴会場)の運営を開始。ニューヨーク、上海にも進出を果す。現在、全国1,288室、93,438席(2014年3月現在)を運営する業界のリーディングカンパニーである。

特集マーケット創造後には、新たな付加価値提供による市場拡大が不可欠である

1.「どうせ一度の人生」なら、やりたいことをやろう

「人生は一度きり」。
 この言葉は極めて当たり前で、誰もが理解し、経営者なら一度は口にしたことがあるでしょう。しかし、これを毎日のように意識している人はまずいません。自分のなかでそう思えるとき、この言葉は必然のように出てくるのです。
 私があらためてそう思い知らされたのは、学生時代の親友を突然、不慮の事故で亡くしたときでした。いつかは起業するんだとの思いはあったものの、まだ独立起業していないときで、このことで人生のはかなさを思い知らされ、「どうせ一度の人生」なら、やりたいことをやろうと思ったのです。
 実はTKPの海外進出はある意味、この言葉に起因した意思決定とも言えます。

2.なぜいま、TKPはアメリカを目指すのか

 国内事業である程度利益を出すことができたら、海外進出を考えるのはいまの日本の企業にとって当然のことでしょう。日本の人口は現在1億2000万人程度しかいません。労働人口イコール消費人口とすれば、日本は法人ニーズを合わせても6000万人程度の経済圏にすぎません。
 経済は人口動態の変化に左右され、企業はその変化に応じより大きく魅力的なマーケットに挑む。これはごく自然な経済行為です。つまり日本企業の多くがいま、中国本土やアジアを中心に海外進出を図ろうとしているのは当たり前のことなのです。
 でも私から見れば中国、アジア進出は日本の「域内貿易」にすぎず、円の経済圏のなかでしかありません。TKPとしての海外進出は、世界に向けて打って出ることだと考えるからこそ、あえてニューヨークマンハッタンのミッドタウンエリアに進出することを試みました。
世はいまや円高ドル安、しかも成長鈍化がささやかれるアメリカになぜいま、進出するのか。これはよく聞かれることです。
 一言でいえば、挑戦です。絶対に成功するという約束などありません。それよりもむしろ、ニューヨークで成功してみせるという気持ちが強いからと言ってもいいでしょう。
 では、なぜニューヨークなのか。それはこの地が資本主義のど真ん中、世界経済の中心地だからです。基軸通貨であるドルの国、資本主義の中心地であるからなのです。世の中の主要経済が資本主義経済である限り、この世界経済の中心地で成功しなければ、アメリカの他の地域はおろか、イギリスでもフランス、ドイツでも成功することはおぼつかないでしょう。つまり、これまでTKPが日本国内でやってきたことを、世界経済の要であるニューヨークの地で、その真価を問うてみようというわけです。
 ニューヨークは参入障壁が高い地域です。マンハッタンは物価が高く、また意外と法律による規制も厳しく、さらに物件の賃料も桁外れです。駐車場は30分で2000円もします。そんな地域で貸会議室をオープンするわけですから、並みたいていの努力では成功しません。
 もちろん、勝算はあります。ニューヨークのビジネスマンというと、TV会議など最新のIT技術を用いたミーティングをイメージするかもしれませんが、実はフェイスtoフェイスの会合が朝からいたるところで開かれているのです。
 しかもマンハッタンのビジネスマンの会合は、このエリアに多数あるホテルの宴会場で行なわれています。ですからホテルの宴会場は朝からビジネスマンたちのミーティングやセミナーで活況を呈しているのです。しかもブッフェとコーヒー付きとはいえ、東京の5倍から10倍という破格の料金を支払っています。
 TKPのニューヨークカンファレンスセンターは、マンハッタンの最高の立地を確保していますが、どのホテルの宴会場よりも安価で、他のホテルに負けない付加価値を提供することが最大の強みになると考えています。今年11月のオープンを控え、今まさに大詰めを迎えています。

3.大きな挑戦は経営利益の範囲内で判断すべし

 いま、円高による日本企業の国内空洞化が叫ばれています。この為替の現状では輸出で利益を出すことは、相当の努力が必要とされます。またEU危機をはじめとする欧米経済の減速、閉塞感、さらには中国の成長鈍化もあり、海外進出についてもネガティブな報道が多くなっています。しかし、このことだけを見て、日本企業にとって欧米進出はチャンスがゼロと考えるのは、きわめて短絡的です。
 あえて言うならば、それは競争激化した成熟産業内のいわばレッド・オーシャンでの話です。ブルー・オーシャン戦略が構築できれば、まったくと言ってよいほど関係がありません。アメリカ進出はむしろチャンスがあると思っています。
 たとえば、欧米は習慣が違う人たちが形成した経済圏だと考えれば、その習慣の違いを利用した思いもよらない切り口は必ず存在します。それを見つけ、(習慣の違いから)気づかれていないものをビジネスに転換していけば、それはブルー・オーシャンになります。それができるなら、日本企業は先進国の「飛び地」進出へ果敢に挑戦するべきだと思います。
 しかし一方で、無謀に進出しても意味がありません。成長の可能性の追求と冒険心を持って挑んでこその、経営者ならではのワクワクする挑戦なのですから。そのためには経常利益の範囲内で挑戦することが前提です。つまり利益が上がっている会社だからこそできる挑戦です。軽々に社運をかけてしまい、これがダメだったら後がないといったギャンブルに打って出るようなことであってはなりません。取っていいリスクは経常利益の範囲内と考えるべきです。
 TKPでもこのニューヨークカンファレンスセンターが成功しないと踏めば、いさぎよく撤退するつもりでいます。かりにこのチャレンジがダメになるようであれば、大きく方針転換し、日本あるいは日本域内での成功事業をさらにピカピカに磨き上げ、海外から参入してもムダだと思わせられるくらい障壁を高くすることに経営資源を集中させるでしょう。
 そもそも失敗を前提に考える経営者はいません。しかし、挑戦したからこそ手に入る貴重な経験もあります。そして、その経験を次への挑戦に生かすのであれば、痛い失敗も、その後のさらなる成長を遂げるための確かな礎となるのです。

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