株式会社MIT 前田 一郎

Guest Profile

前田 一郎(まえだ・いちろう)

1976年鹿児島県生まれ。農業大学校卒業後、JA鹿児島県経済連に就職するが、生活できるレベルの待遇を求めて1年2ヵ月で退職。NTT代理店のOA機器販売会社に転職し、トップ営業マンとして輝かしい成績をあげ、23歳にして中国支社長に昇格を果たす。2003年にMITを設立し独立。紹介営業と、クレームゼロの販売力で業績を伸ばし続けている。

特集クレームゼロの営業一筋 20 年 業態転換でさらなる上質経営を目指す

1.稼げる会社に転職1年 全国トップの営業成績に

OA機器販売会社MIT社長の前田一郎は、才覚と馬力と胆力でビジネスの修羅場を突き進んできた。現在41歳。学生時代には鹿児島県で上位3社に入る製茶問屋で、30人のアルバイトのリーダーとして年間800万円を稼いだ。卒業後の1996年にJA鹿児島県経済連に就職。営農指導を担当したが、年収は額面で200万円にも届かず、1箱3000円のジュース販売では、1人50〜60箱のノルマ未達成なら賞与から減額された。「頭に来たので県の記録を塗り替えてやる」と意気込んだ前田は4000箱を売った。だが、1箱5円の歩合が付いただけで、生活苦から1年2ヵ月で退職する。

転職先に選んだのは、NTTの代理店として全国3位のOA機器販売会社。年商100億円、社員800
人の規模だった。「稼げる会社」という理由で選んだ前田は、ここで頭角を現わす。1年で全国トップの営業成績をあげ、85人抜きで広島支社長に抜擢され、年収は2800万円に達した。一方広島支社としての営業成績は全国最下位。社員50人が配属されていたが、前田は2ヵ月で35人を解雇し、わずか8ヵ月で全国トップに押し上げた。

35人解雇という荒療治に踏み切った理由は、組織体質の改革だった。当時のOA機器販売業界には詐欺紛いの営業が横行し、顧客に正直に向き合うことを部下に求めたが、意に介さない者も少なかった。「私は鹿児島出身なので、逃げることだけはしたくない気質がある」という前田は、虚言や不実を改めない部下には容赦なかった。

2.主要な取引先は 社歴あるオーナー企業

その後、23歳で中国支社長に昇格し、年間17億円の売上実績を47億円にまで引き上げ、2003年に
24歳で独立開業した。広島市でOA機器販売のMITを設立。メンバーになった青年会議所の先輩経営者たちから東京進出が必須と諭され、広島出身のリサイクル会社経営者を紹介される。オフィスは信用を担保する目的で、士業の入居が多い霞ヶ関の尚友会館に構えた。

そして、この経営者や、鹿児島出身の経営者グループに営業先を紹介され、一気呵成に成約を積み重ねていく。前田は「応援してよい人物かどうか、私はいろいろな経営者に試されてもいた」と述懐する。

リーマンショック後は経営危機にも瀕したが、水際で凌いだ。現在の取引先は1460社で、9割が紹介先である。迅速な意思決定を重視した結果、取引先の9割が社員数5〜20人のオーナー企業だ。とはえ、社歴100年以上が20社、80年以上が20社、50年以上が200社、20年以上が400社という内訳になっている。営業体制は法人・個人合わせて400の販売代理店で築かれている。

この代理店網と取引先数をプラットフォームとして、MITは、16年12月から新たに飲食店向けフリーWi -Fi「Wing Wi - Fi」の企画レンタル販売をスタートさせた。月額利用料は3年タイプで1台3800円。半径25メートルの範囲で、最大50台までのインターネット接続が可能で、SNSと連動させて店舗情報を拡散する機能も付加されている。現在、業歴50年以上の飲食企業25社(約600店)をターゲットに、導入実績を着実に積み上げている。

3.販社からメーカーへ 5年後売上げ200億円

Wi - Fi事業に着手した背景には、OA機器販売会社からメーカーへ業態転換を図る意図もある。低下
基調の粗利益の回復、ストック収入の確保、さらに人材確保でも効果を狙う。前田は「OA機器販売会社として応募をかけると、獲得できる人材の質にも限界がある。メーカーに転換すれば質の高い人材を確保できる」と読んでいる。
 
採用基準は「善良な人間であること」。事務管理や顧客サポート業務のスキルは善良であれば着実に身につくと考えているからだが、営業職の採用はしばらく控える。前田によると、どの業界でもトップクラスの成績をあげる営業職は「平気でオーバートークのできる人物で、善良な人間とは言い難い」。だから「21年間クレームゼロという正直な仕事をしながら成果を出し続けた珍しいタイプ」を自負する前田自身が、販売代理店を活用して当面はひとりで営業を担当していく方針である。
 
福利厚生には独特の方針を固めている。社員の子どもの教育費を援助して、物心両面で家庭生活を支える
のだが、きっかけは前田の娘の小学校受験だった。前田は娘を名門私立小学校に入れた。理由は、自宅のある東京都港区の区立小学校に学級崩壊が発生するなど、公教育の劣化を知らされたからだ。
「社員の子どもにも健全な教育を受けさせ、負の連鎖が発生しないようにしてあげたい」
 
だが、名門私立小学校受験塾には年間300万円の学費がかかる例もあり、一般の会社員の給料では賄えない。そこで塾と提携して講師を会社に招き、会社負担で授業を行なうというプランを描く。社内保育所の開設も構想中だ。
 
MITの16年9月期の通期売上高は2億1000万円。「Wing Wi - Fi」を投入した今期は7ヵ月で売上高が3億円に届き、4億5000万円〜5億円で着地する見通しである。今後の目標として5年後に年間売上高200億円、社員50人体制を描が、「自分が完全にコントロールできる経営をしたい」という理由もあり、株式上場は全く想定していない。
 
オーナー企業として上質な経営を目指す、というのが前田の考えだ。

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