松室哲生の 提言(第2回)

Guest Profile

松室 哲生(まつむろ・てつお)

1951年兵庫県生まれ。76年ダイヤモンド社入社。95年『週刊ダイヤモンド』編集長。2001年同社代表取締役専務。05年ブイネット・ジャパン代表取締役社長に就任。他に一般財団法人知的資産活用センター副理事長、一般社団法人日本優良品協会代表理事、M&Aタイムス編集長。著書に経済ミステリー小説『極秘資金』(講談社刊)、『おもろい会社研究』(日本経済新聞出版社刊)など。

特集呑気に「働き方」を考える時代ではなくなってきた AI時代の働き方という現実

1.ユニークな働き方を模索するベンチャー企業

面白法人カヤックという会社がある。本誌でも紹介したことがあるがその名のとおり面白い会社である。有名なのがサイコロ給というもので自分の給料はサイコロを振って出た目で決まる。そもそも同社では他人が他人を評価することには限界があり、完全な評価等できはしない。だとしたら、サイ
コロを振って出た目で給料を決めてもいいのではないかと、この制度の導入に踏み切った。

その背景にあるのは創業者3人の思いである。学生時代の友人だった3人の創業メンバーは何をしたいというのはないが面白いことをやりたいと考え、「友だち同士で会社をやってもお金のことで揉めるからうまくいかない」と先輩経営者に言われたことに、「それなら」と反応してこの制度に至ったのだという。自分の給料は、1から100まで出る100面体サイコロに「運を天に任せる」ことになる。同社ではそれ以外にも実にユニークな働き方にまつわる制度が目白押しで、まさにベンチャー企業そのものだが、れっきとした東証マザーズの上場企業で前期(2016年12月期)の売上高は54億9700万円、経常利益は6億8700万円で、今期(17年12月期)はそれをさらに上回る実績が予想されている。

ベンチャー企業には「働き方」に工夫を凝らしている会社が多い。今号で紹介しているアキュラホームでは宮沢俊哉社長の発案で「長期休暇制度」を採用し、役員から率先して取ることで社内に浸透。しかも生産性は向上した。

他にもある。こちらも本誌ではおなじみのベネフィット・ワンの白石徳生社長に聞いた話だが、同社では本社社員600人を愛媛県に異動させたことがある。どこでも仕事ができるデジタル中心の作業ならば別に物価の高い東京にいる必要はない。むしろ地方に行ったほうがより豊かな暮らしができるのではないか、というのがそもそもの発想だった。当初、社員から猛反発を受けたものの、実行。するとその後社員からは「こちらで暮らしたほうがいい」と言う反応が多数寄せられた。

2.政府の示す道筋よりもさらに進む民間の現実

政府は今春から「働き方改革実現会議」を進めている。やはり安倍政権が掲げる「一億総活躍社会」の実現に向けた具体的な道筋を描こうというものだ。そこに描かれている「改革」とは、画一的な労働制度から脱却して柔軟性のある働き方の社会であり、保育や介護といった現代社会が抱える状況を緩和して両立できるような社会である。正規雇用や非正規雇用といった枠組みをなくし、同一労働同一賃金を実現する社会でもある。

しかし、政府の考えとは別に民間企業の「働き方」に関する施策は大企業から中小企業までさまざまなかたちで既に進んでいる。その根底にあるのは人が採れにくくなっているという現実だ。例えば、ソフトウェアのサイボウズでは少しでも長く働いてもらうために2007年から選択型の人事制度を採用している。育児、介護のみならず通学や副業等個人の事情に応じて勤務時間や場所を決めることができ、その結果、05年には28%を記録した離職率が現在は4%以下に下がっている。

また、生活協同組合コープみらいでは出産育児、また介護やメンタルの問題などさまざまな理由で休職を余儀なくされた職員が、スムーズに仕事に復帰できるよう看護師や産業医、人事部等が一体となって支援する復職支援制度を行なっていて、16年は74人がこの制度を利用し、28人が復帰しているという。

現実の働き方の環境を整備しなければ人が採用しにくいという現実のほうが政府の施策より遥かに進んでいるわけだ。

3.AI社会での働き方=生き方を考えていかなければならない現実

ひところビジネスの世界で流行ったBPR(ビジネス・プロセス・リエンジニアリング)という言葉を覚えているだろうか。一言でいえばビジネスのやり方をもう一度見直し、再構築しようというものだ。労働人口が減少している日本のような現状では、単なる人事制度だけでなく業務の効率化も進めて行かなくてはならないのは必至だが、これがAI(人工知能)の普及でさらに進展する動きを見せている。

例えば日本マイクロソフトでは就業時の社員の時間の使い方を調査して、これをAIによって分析したという。面白いのはその分析内容で、「自分が送信したメールは5時間後に開封されたが、読まれるのには4秒しかかからなかった」といった内容だ。そこで提起されているのは「そのメールは本当に必要だったのか」ということであり、こうした分析を元に改善した結果、社内の4部門だけながら会議時間が約3割減少したという。労働時間に直すと延べ3500時間超だというから驚きだ。

人口減少はロボットやAIの活用で解決できると楽観視する向きもあるがそんな単純な話ではない。というよりもそれ以上のインパクトを与えるというのが現実的な視点だろう。15年に野村総合研究所の未来創発センターが発表したレポートは衝撃的なもので、将来日本の労働人口の49%がロボットやAIに代替可能になる、というものだった。こうなると労働人口の減少があっても働き口の少ない国になる可能性が出てくるわけで、そうすると働き方だけでなく、生き方自体を考える時代が現出される。

政府の「働き方改革」を揶揄するわけではないが、「働き方=生き方」と文字通りワーク・ライフ・バランスの考え方が必要で、それは単なる制度だけでなく、来るべきシンギュラリティ社会における働き方(=生き方)を考えていかなければならない、ということなのだ。

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