松室哲生の 提言(第1回)

Guest Profile

松室 哲生(まつむろ・てつお)

1951年兵庫県生まれ。76年ダイヤモンド社入社。95年『週刊ダイヤモンド』編集長。2001年同社代表取締役専務。05年ブイネット・ジャパン代表取締役社長に就任。他に一般財団法人知的財産活用センター副理事長、一般社団法人日本優良品協会代表理事、M&Aタイムス編集長。著書に経済ミステリー小説『極秘資金』(講談社刊)、『おもろい会研究』(日本経済新聞出版社刊)など。

特集飲食店の価格が時価になる日

1.どんなサービスも時価になる!?

産業構造が大きく変わろうとしている。
広角と随分大げさな話に聞こえるかもしれないが、実際に起こっていることを見ればその変化は明らかだ。
経済産業省が先ごろ発表した、産業構造審査会によるレポート「新産業構造ビジョン」でも、その姿は漠然とだが描かれている。

●実社会のあらゆる事業・情報が、データ化・ネットワークを通して自由にやりとり可能に(IoT)。
●集まった大量のデータを分析し、新たな価値を生む形で利用可能に(ビッグデータ)。
●機能が自ら学習し、人間を超える高度な判断が可能に(人工知能(AI))。
●多様かつ複雑な作業についても自動化が可能に(ロボット)。
➾これまで実現不可能と思われていた社会の実現が可能に。これに伴い、産業構造や就業構造が劇的に変わる可能性。

こう書いてもピンとこないが、例えば冒頭のサービス産業ではその変化が顕著である。ホテルの予約や航空券の予約はこの数年でどう変化したか。旅行業がオンラインによる予約サービスを始めたのは1996年と言われている。その後市場規模は膨れ、現在航空会社のオンライン比率は46%(金額で1兆244億円)、宿泊施設のオンライン比率は32%(同1兆1816億円)になっている。ここでの最大のポイントは前述したようにオンライン販売によって価格が時価になったことである。例えばホテルで言えば、空室があるよりは安く売ってでも空室率を減少させた方が良いわけだから、そこで割引が発生する。オンライン取引であるがゆえに、取引条件は瞬時に変化させられるわけだから予約はギリギリまで待てるというわけだ。生鮮食料品と同じなのだ。あとは販売する業者によって微妙に価格が違うのも生鮮品と同じで、あらかじめ安値で仕入れたものはそれだけ安く売ることができるから、業者の規模や予測によっても違いが出てくるわけだ。

白石氏は講演の中で、こうした旅行業に次いで飲食業が同様のサービスによって時価になると語った。
「サービス業は全て時価になると思っていた方がいい。その中で次に来るのは飲食業。すでに数社この分野に参入していて、そのしのぎを削っている。あと、1、2年のうちに実現する」

同じメニューでもその日によって価格が違うのか、それとも「飲み放題」のようなメニューがそうなるのかはわからないが、他店の情報と見比べつつ価格が自動的に変動してくるのだろう。考えてみれば白石氏の言う通りである。すべてのサービス業が時価の対象になる可能性があるということだ。

2.製品も価値の高さに課金される時代

サービタイゼーションという言葉がある。

製造業が単に製品を売るだけでなく、製品を通じたサービスを提供していくことだ。例えば、エアコンは空気を調整し、寒いときには暖かく、暑い時には涼しくする機械だったが、現在の潮流では「快適な環境温度を提供する」(そのためにさまざまな機能を付加している)機械に変容している。エアコンの場合は単に付加価値を高め製品価格に反映しただけだが、物自体にサービスを付加することで新たな価格体系が生まれるという。

物作りには製造コストが発生するので、「時価」で売るのは難しいが、平たく言えば、製品をモノとしてではなくサービスとして提供することに置き換えることも可能である。

モノ(製品)は稼働させている場合は「価値」となるが、稼働させていないとコストにしかならない。ならば稼働しているときのパフオーマンスで製品の価値を図ろうという考えで、例えば、航空機のエンジンではエンジンを売るのではなく、実際に稼働している時間とその出力に課金するという販売方法があるという。パフォーマンスの良い製品を提供していれば、付加価値が高まりより高い価格でモノの価値を買ってもらえるわけだ。もちろんすべての製品でこうした仕組みが可能っだとは思わないが、新しい潮流であることに間違いはない。

3.技術の急速な進展をどう利用するか

こうした一連の展開の底流をなしているのがIT(IoT)技術の急速な進展である。ビッグデータとその解析技術、ディープラーニング等によるAI化の促進でこうした動きはますます高まろう。それまで常識と捉えられていた構造は破壊される。業界の常識的な「構造」もいずれ変化として行かざるを得ない。

初期の段階で手を売っていかないと先行者利益が得られにくいのがITを利用したビジネスの構造でもある。逆に言えば、先行者のみが一つの分野での基準となるようなデファクトスタンダードをつくり、莫大な利益を獲得するチャンスも存在する。そのためには壁を打ち破らなければならないのだ。

戦術した産業構造審議会のレポートでは「打破るべき壁」として5つの課題が挙げられている。
①不確実性の時代に合わない硬直的な規則
②若者の活躍・世界の才能を阻む雇用・人材システム
③世界から取り残される科学技術。イノベーション力
④不足する未来に対する投資
⑤データ×AIを使いにくい土壌・ガラパゴス化

これらの壁を打ち破るのはベンチャー企業だけのような気もするのだが。

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