東亜食品工業株式会社 木子吉永

Guest Profile

木子 吉永(きし・よしなが)

1939年愛知県出身。62年早稲田大学卒業。輸出入の会社に勤務後、64年、東亜食品工業(株)に入社、常務等歴任。 その後、代表取締役社長に就任、現在に至る。経営コンサルタントとしても活躍、実際に会社を経営しつつ、小さな会社 の経営問題について研究。 著書に『儲かる会社にする仕組み』(あさ出版)、『社長、あなたは人に甘すぎる。』(あさ出版)、『こうすれば人は 働く!』(同文館)など多数。 東亜食品工業株式会社 業 種●業務用冷凍食品メーカー 設 立●昭和37年9月 資本金●3000万円 売上高●10億円(2014年3月期) 従業員数●10名 所在地●埼玉県さいたま市緑区原山2-8-15  電話番号●048-881-2097 URL●http:///www.toashokuhin.co.jp/

特集社員のやる気をとことん引き出す 食品メーカー社長の深謀と辛抱

1.同じ注意をされないように書いて業務を覚えさせる

  業務用冷凍食品メーカー、東亜食品工業の一日は「再読」と称する設問の音読と記入で始まる。10人の社員とパートタイマー数名の全員が参加する。

 設問は新商品の発売日、売価、グラム数、特徴など業務知識を確認する内容や、業務の理解度を問う内容など多岐にわたる。理解度を問う設問では、たとえば業務で社長に注意されるケースなどを取り上げ、注意の実例をいくつか示す。「①の注意はどういうことか?」「②の注意はどういうことか?」「①の注意と②の注意はどこが違うのか?」「ナゼA商品は出荷が少ないのか?」などを列挙して、回答を記述させるのだ。

 記入を開始する前に社長の木子吉永がA3用紙1枚にビッシリと書かれた設問を読み上げるが、社員は設問を読み返さないときちんと記入できない。「再読」と名づけた所以である。

「私が指示をしただけではどこまで伝わったのかわかりにくい。書くことで業務知識が身につき、取引先に聞かれても即答できるようになる。さらに会社の方針をどこまで理解したかもわかる」と木子は効果を説明する。

 音読と記入の所要時間はおよそ15分。同社がこの取り組みを始めてすでに10年以上が経つが、設問内容はすべて木子が前日の夜までに独自に作成している。よくぞ毎日続けられるものだと感嘆したら「中小企業の社長=オヤジには仕事も趣味のうち」と微笑んだ。

「私は再読の設問を作るのが好きだから……。仕事中に浮かんだアイデアをメモしておいて、夜にまとめている」

 木子には『なぜ儲からないか』『なぜ売れないか』『給料の上がる人、上がらない人』など約15冊の著書がある。どれもが日々現場で発生する問題からノウハウを抽出して体系化した内容で、中小企業経営の〝生きた教材〟として広く読まれている。経営の指揮を執りながら、これだけ旺盛な執筆力を発揮するからこそ、毎日実行できるのだろう。

 再読の目的は業務の知識と理解を向上させることには違いないが、もう一つ、社員のモチベーションを高める目的もあった。木子が着目したのはモチベーションの下がる要素の解消だった。

「社員のモチベーションが最も下がるのはどんなときだと思う?」と記者に問いかけてきた木子は、すかさず答えを口にした。

「それは、同じことを何度も注意されたときだ。『この前、言っただろう?』『聞いてなかったのか?』などと何度も注意されたら嫌になってくる。再読を毎日やれば、社員が同じミスを繰り返さない。と同時に社内連絡も徹底できるツールと思って始めた」

 実際、再読を始めてから同じ注意を繰り返すことが、かなり解消されたという。再読の答案はフィードバックしないが、目を引く回答については2~3日後に答案にコメントを付けて社内に公表し、相互の研鑚に活用している。

2.「やる気度チェック表」で本人に問題点を気づかせる

 同社は社員のモチベーションを確認するときには数値化している。

「意欲が低下しているときに『やる気があるのか?』と聞かれて『ありません』と答える社員はいない。だいたいが『まあ~』というようにあいまいに答えてくる。だから数値化するツールを作って、それを使用している」
そのツールは「やる気度チェック表」で、数年ごとに社員に自己評価させ、木子自らが面談を行ない、自己評価と現実のギャップが開いていれば指摘するなどして問題点を当人に気づかせているという。

 社内で面談を行なうと追及しているような雰囲気になりかねない場合は、木子が社員を相手によく開く酒の席でギャップを指摘して、気づかせてもいる。いわゆる飲みニケーションである。

 こうした取り組みに加えて、適性を見極めた業務分担もモチベーション対策の一つだ。

 たとえば営業成果には「『売った営業』と『売れた営業』の2種類がある」という。売った営業はねじ込んででも売るし、売れた営業は商品力で売れている営業であることを教えているのだ。

 同社の場合、売った営業の得意な社員は1回の取引きで「焼ちくわ」6万本の注文を取りつけることもある。その一方で売れた営業に適した社員は、1回に300~400本の注文しか取らない。

 前者のほうが優れた営業マンに見えるが、必ずしもそうとは限らない。ロットが大きい分、値引率も高く、しかも大ロットの注文を継続的に獲得できるとは限らないのだ。それに対して後者は注文数が少ない分、粗利益をしっかりと確保できるうえに、多件数の取引先を獲得しやすい。

 営業マンの適性に合わせて売った営業をさせるのか、売れた営業をさせるのか。その振り分けがモチベーションを左右するのだ。

3.雇用した以上は存在価値を与え、できる限り辞めさせない

 同社の取り組みはすべて木子が自身の性格を考えて考案した手法である。

「他社の成功ノウハウを取り入れようとしても社長自身の性格に合わなかったら失敗する。社長は自分の性格に合った経営スタイルを取ることが大切だ。つまり〝敵は己にある〟ということだ」。
それは同社の雇用にも現れている。ひとたび雇用した以上、何年を経ても能力が会社の要求水準に及ばない社員であっても、できる限り退職を迫らない。戦力外通告をせずに雇用し続けるのだ。これも木子の性格に由来する。

「一向に能力の向上が見られない社員を辞めさせる社長は多いが、私は性格的にできない。補充の採用をかけても望むような人材が来るとは限らないし、この規模の会社で社員が出たり入ったりすると、社内が落ち着かなくなる。それこそ社員のモチベーションが下がってしまう」

 雇用は保証するから、厳しい要求についてこいというのが方針だが、期待に応えられない社員をどこまで受容し続けるのか。

「枯れ木も山のにぎわいと言うが、ものは考えようだと思っている。枯れ木があればこそ山の維持に役立っている。私は約50年もの間、会社を経営してきたが、どんなに能力の劣る社員にも何かしら得意な作業がある。それを見つけてあげて担当してもらえばよい」

 枯れ木も山のにぎわいという例えには、見方を変えれば、一人ひとりの存在価値を見出してあげるという処世観が反映されている。

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