株式会社KADOKAWA 角川 歴彦

Guest Profile

角川 歴彦(かどかわ・つぐひこ)

1943年、東京生まれ。早稲田大学第一政経学部卒業。株式会社KADOKAWA取締役会長。66年、角川書店入社。情報誌「ザテレビジョン」「東京ウォーカー」、ライトノベル「電撃文庫」「角川スニーカー文庫」などを立ち上げ、メディアミックスと呼ばれる手法で日本のサブカルチャーを牽引する。現在、内閣官房知的財産戦略本部本部員、東京大学大学院情報学環特任教授、角川文化振興財団理事長、角川アスキー総合研究所代表取締役社長なども務める。著書に『グーグル、アップルに負けない著作権法』(KADOKAWA)等がある。

特集『艦これ』ヒットで変わる出版。IP企業の可能性が見えてきた

1.衰退は宿命だが本は最後まで生き残る

 デジタル化があらゆる産業構造を変えていく。いかにあらかおうともその強大な流れのなかに立ち続けることはできず、容赦なく既存の産業を破滅に追いやっていく。デジタルカメラが銀塩写真の100年の歴史を終わらせたように、CDがレコードの歴史を終わらせ、そのCDをiTunesがいま破滅へと追い込んでいるように……。本はどうか。

「モノにはライフサイクルがあり、新しいものは一気に成熟して早く衰退するが、古いものはじっくり熟成してゆっくり衰退する。メディアにもそれは当てはまる。映画が生まれて100年、テレビが生まれて50年。映画はテレビに相当な影響を受けたが、そのテレビがいまインターネットに存在を脅かされている。あとから出たものほどライフサイクルは短い。グーテンベルグが書籍を創って500年ですから、本はおそらく最後まで生き残るでしょう。それでもデジタル化、IT化によりアナログが衰退するのは、宿命です」。KADOKAWAの角川歴彦会長はそう語る。

2.街から書店が消える本はレアアイテムになる

 タブレット端末の革新は、決定的だ。2010年5月に発売されたiPadのインパクトは計り知れず、新しいKindle シリーズの評判もすこぶる高い。

 PCや携帯電話にダウンロードして読む電子書籍自体は10年以上前からあるが、どこでもどんな姿勢でも読める本に比べ、椅子に座ってマウスをクリックして読むのは不自由だし、携帯は画面が小さすぎた。しかしタブレット端末の自由さと読みやすさは本に劣らないどころか、どこでも本が買えてその瞬間から読み始められるメリットは、書店かアマゾンかの比較論も無意味にしてしまった。〝端末が壊れたら終わり〟というリスクもクラウド・コンピューティングにより消滅した。

 一度起きたデジタル化の流れは止まらない。考えたくもないが、10年後には街から書店が消え、本はレコードやフィルム並にレアなアイテムになるかもしれない。そんななかで本にまつわるあらゆる既存産業は選択を迫られている。乗るか、反るか。

3.70年の歴史ある出版社が〝黒船〟と直接契約を結ぶ

 KADOKAWAは出版界でいち早くデジタル変革への道を選んだ。iPad発売の半年後の2010年10月に角川歴彦会長自ら電子書籍配信事業への参入を発表。12月にiPad、iPhone向けに電子書籍ストアBOOK☆WALKER(ブックウォーカー)をリリースさせたのだ。

「PC版を作ってその延長でスマートフォン、タブレットPC版を開発するというのが普通の流れなのに、私たちはいきなりiPad版を出した。それほどジョブズの発明したiPad、iPhoneは革命的だった。まさに日本の出版界に押し寄せてきた荒波。飲み込まれて沈む前に、乗るしかなかった」(角川氏)

 出版社の多くが電子書籍出版に難色を示すなかで、70年の歴史を持つ角川グループは自ら配信事業に参入した。当初は角川グループのみがBOOK☆WALKERで書籍を配信していたが、1年が経過すると大多数の出版社が提供を開始。BOOK☆WALKERの現在の配信出版社は161社、品ぞろえは約8万点へと膨れ上がっている。

 さらに同社は12年、〝黒船〟といわれた海外の4大クラウドプロバイダーと直接契約を結んだ。カナダのコボ(経営は楽天)、米国のグーグル、アマゾン、そしてアップルである。世界の電子書籍市場を独占するこの4社も、国内ではBOOK☆WALKERのライバルでもある。だがこの競合4社にKADOKAWAの出版物を提供しないという選択はなかった。そのような牧歌的な経営手法で乗りきれる状況ではないというのだ。

「コンテンツプロバイダーであるわれわれが絶対に守るべきは著作権である。クラウドプロバイダーやソーシャルネットワークの出現によるイノベーションとグローバリゼーションの嵐のなかで、作家と出版社が軽くあしらわれたり、海賊版が氾濫するなどして著作権法が機能しなくなるような状況には絶対にしてはならない」(角川氏)という強い思いでKADOKAWAは黒船4社と対峙し、ハードな交渉の末にきちんとした著作権保護を契約に盛り込んだのである。

4.9人の元社長を役員登用画期的アイデアが動き出す

 角川グループは13年10月、グループを1社に統合するという大改編を行なった。角川グループホールディングスを株式会社KADOKAWAに改称し、アスキー・メディアワークス、エンターブレイン、角川学芸出版、角川書店、角川プロダクション、角川マガジンズ、中経出版、富士見書房、メディアファクトリーの9社を合併。この荒波のなかを生き残るため、グループの知を結集する道を選んだのだ。9人の元社長には後任を指名させたうえで、新生KADOKAWAの役員に登用、新規事業を立ち上げる『大きなエコシステム』のメンバーに任命した。

「各々は一騎当千の実力を持つ社長ですから、やはり考えを持っている。彼らを急に暇にして新規事業を考えさせたら、予想を超えて画期的なアイデアが次々に出てきて驚いている。すでにいくつかのプロジェクトは動き出している」

 一つのキーワードは「IP(Intellectual Property)」だ。知的財産権の価値をいかに増幅していくかである。

「これまでIPの使い回しといっても小説を映画化かドラマ化するぐらいしかイメージできなかった。だがいま、IPの可能性は拡大している。角川ゲームスが開発した『艦隊これくしょん』のアクティブユーザーは150万人を超えた。いま、この『艦これ』を小説にしたい、漫画にしたい、アニメに、雑誌に、と他社が角川ゲームスの門前に列をなしているんです。このメディアミックスの可能性は大きい。嬉しかったのはゲームからIPが生まれたこと。これは当社がこれからIPの会社になろうというテーマが承認された瞬間だと認識している」と角川氏は笑う。KADOKAWAは新しい出版界を牽引する覇者となりうるか。

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