伊藤元重が見る 経営の視点

第29回AI、IoTを活かし人手不足解消をビジネスモデルに

1.生産年齢人口は毎年100万人規模で縮小

日本は深刻な人手不足に陥っている。失業率はバブル期のような低い水準まで低下し、有効求人倍率を見ると建設や医療、介護などは一人の求職者にいくつもの企業が求人をするような状況である。これらの業種の有効求人倍率を見ると、新たな労働者を見い出すのはほとんど不可能なように見える。
 
企業の動きを見ても、人手不足が大きな経営課題になっていることがよくわかる。マスコミではヤマト運輸のケースがよく報道される。先日も新たに1万人規模での中途採用を中心とした新規募集をし、そのため利益の額に匹敵する人件費の増加を見込んでいるという。人件費の増加で利潤をすべて食ってしまうのだ。もっとも料金の引き上げをするので、それで利益確保できるようではあるが。

ヤマト運輸が1万人規模の新規採用をするということは、それだけの労働者が他の企業から逃げていくということを意味する。完全雇用を超えた今の労働市場では、どこかが採用を増やせば、その分は他の企業が労働者を失うということにほかならないのだ。

残念ながら、この人手不足の状況は今後さらに厳しいことになりそうだ。少子高齢化によって生産年齢人口は毎年100万人規模で縮小していく。女性や高齢者の労働参加率や労働時間が増えたとしても、全体として労働力が縮小していくのは間違いない。それに加えて景気が全体的に回復しそうな流れである。景気が回復していくことは歓迎だが、これがさらに労働市場をタイトにしていく。

ヤマト運輸の事例では、宅配便やインターネットの小売の配送などが拡大して人のやりくりがつかなくなった。つまり、ビジネスが伸びることで、人手不足が深刻になっているのだ。人手不足がビジネス拡大の障害にならないようにヤマト運輸は動いたわけだ。そうした対応が他の成長業種でも求められることになる。

2.人手不足のピンチをチャンスに変える

人手不足や人件費上昇で苦しんでいる企業にとっては、こうした状況はあまりうれしくないだろう。この問題にどう対応するのかが、今後の業績を決める最重要課題となることは間違いない。
 
ただ、ビジネスの世界では「ピンチをチャンスに」と言われる。人手不足が深刻であれば、それを解消する事ができる企業には大きなビジネスチャンスが生まれるということだ。他の企業のために人手不足を解消するサービスや機器を提供するビジネスでもよい。あるいは、自身がこれまでに行ってきたビジネスで同業他社よりも省力化や労働節約的なビジネスモデルを開発することで、他社よりも有利な位置につくことができるのだ。

人手不足を解消するビジネスモデルはさまざまあるだろうが、特に注目したいのは新たな技術を活用した手法である。AI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)などを利用したビジネスモデルが大いに威力を発揮するはずである。IoTとはセンサーを活用した情報収集が基本となるので、さまざまな業種で利用可能なはずだ。
農業、水産業、医療、介護、物流、小売業など、さまざまな業界でセンサーを活用した労働節約的なビジネスモデルを開発することができるはずだ。しかも、これは中小・中堅企業やベンチャー企業に向いたビジネスともいえる。ここで挙げたようなそれぞれの分野は、どれもその分野の特徴を持っている。分野によって特徴も違うだろう。要するにその分野の問題のツボを抑えることが求められるのだ。

例えば小売業での省力化を進めようとすれば、小売業の抱えている労働力不足や労動負荷の課題をよく理解しなくてはいけない。そしてそれを解決するようなビジネスモデルを提供するのだ。ある意味でニッチなビジネスといえる。

先日、小売りの省力化で興味深い事例を見せてもらった。東邦薬品という薬問屋の事例だ。処方せん薬局の店頭では、薬剤師が患者と会話を交わしながら処方された薬を渡す。薬剤師は適切な情報を患者に提供しなければいけないし、患者からもいろいろな情報が薬剤師に提示される。

今の制度では、こうした内容を顧客の薬歴として記録に残しておく必要があるという。薬の処方の実績と患者の情報をデータとして残しておく必要があるのは当然のことだろう。

ただ、この作業は現場の薬剤師にとってはなかなか厄介なようだ。接客をしている時には、なかなか薬歴の書類を作成することはできない。店を閉めてから薬歴の書類作成をするのだろう。ただ、これはなかなか労動負荷が大きい。また、昼間の患者との情報のやり取りを全て正確に記憶しているとも限らない。こうしたこともあるので、大量の薬歴未記載が発覚した大手ドラッグストア・チェーンもあったようだ。

東邦薬品は薬剤師と患者の会話を音声で拾って、それを薬歴の書類の形でまとめるソフトウェアを開発した。医薬品の内容に関する会話が中心であるので、正確に音声認識をするソフトを開発することが可能となった。また、薬剤師が顧客と交わす会話の内容を工夫すれば、薬歴の書類に載せるのに必要な情報を、会話から全て拾うことも可能なはずだ。

薬歴の作成で過剰な労働負担に苦しんでいた薬局にとって、このソフトウェアは大変な救いになるだろう。これは技術による省力化の典型的な事例であるだけでなく、それがビジネスとしても威力を発揮するのだ。

東邦薬品の事例のようなビジネスのチャンスは、いろいろな業界に転がっているはずだ。人手不足が深刻になる程、そうしたビジネスの成功の可能性は広がるはずだ。「人手不足を解消するソリューションを探すこと」が大きなビジネスチャンスとなるのだ。

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